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[視察2日目]イザールアウエン自然幼稚園☆

視察2日目。今年3月にも見学したイザールアウエン自然幼稚園を視察しました。





幼稚園犬は今日はお休みでした。先生いわく、たまにはお休みの日も作って上げないといけないという計らいのようです。犬にもストレスがありますものね、、、。




一度ブログで書いたことですが、以下の記事を再度掲載いたします。


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幼稚園犬の役割は、「動物介在教育」をする犬で、ドイツ語では、「Hundgestuetzte Pädagogik 」と言います。




「公益社団法人 日本動物病院福祉協会」のサイトによりますと、、、、(http://www.jaha.or.jp/contents/index.php)



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動物とのふれあいや相互作用から生まれる様々な効果が医療や福祉、教育の現場で活用されています。広義でアニマルセラピーと呼ばれるこれらの活動は、目的などにより、おおまかに以下の3つに分けられます。

AAA(Animal Assisted Activity)動物介在活動
動物とふれあうことによる情緒的な安定、レクリエーション・QOLの向上等を主な目的としたふれあい活動。一般にアニマルセラピーとよばれる活動の多くはこのタイプです。


AAT(Animal Assisted Therapy)動物介在療法
人間の医療の現場で、専門的な治療行為として行われる動物を介在させた補助療法。医療従事者の主導で実施します。精神的身体的機能、社会的機能の向上など、治療を受ける人にあわせた治療目的を設定し、適切な動物とボランティア(ハンドラー)を選択、治療後は治療効果の評価を行います。


AAE(Animal Assisted Education)動物介在教育
小学校等に動物と共に訪問し、正しい動物とのふれあい方や命の大切さを子供たちに学んでもらうための活動。生活科や総合学習などのプログラムとして取り入れる学校も徐々に増えています。




先生の家で飼われていて、幼稚園犬として存在し、ドッグトレーナーが定期的にやってきて、「動物介在教育」の犬として訓練を受けているそうです。



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今日の幼稚園は、男の先生だけで、女の先生は私的な事情によりお休みでした。昨日のウンターメンチング森の幼稚園でも16歳の女の子の実習生がいたのですが、この幼稚園にも16歳の男の子の実習生がいました。





どちらの実習生とも、「Der Bundesfreiwilligendienst」というボランティア協会に登録されていて、そこから派遣として実習されています。その協会主催のセミナーに参加することが条件のようです。





詳しくはこちら→ http://www.freiwillige-im-naturschutz.de





女の先生がお休みでしたので、代行として園児ママが一日付き添われました。彼女はノリの良い人なので、子供たちの受け入れもよかったようです。





全部で17名いるのですが、今日は10名で、他の7名は、もうちょっと休みたいとか、2歳クラスの6名から3歳クラスの17名に変わったので慣れるのに時間がかかるなど、それぞれにいろいろ理由があるようで、先生も大変だなあ〜っと思った次第です。





新入園児は6名。今日も可愛らしい姿が見れました。





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この二人は仲良しの3歳の女の子二人で、手をつないで歩いて目的地に向かいました。






他の幼稚園で見受けられた待ちポイントルールがこの幼稚園でも適用されていることを初めて知りました。




良いルールだと思っていたので安心しました。





まだ慣らし保育期間中ということもあり、火曜日は本来でしたら、リトミックのレッスンがあるのですが、まだそれを開始せず、今日は女の先生がお休みだったからなのか、朝の会もありませんでした。






目的地は遊具がある公園。その側にゴザを敷いて、午前のおやつを食べました。





まずは自己紹介。この幼稚園では、ゲストが来たときは、みんなで自己紹介をして迎えてくれます。





名前と年齢と好きな動物を言っていってくれるのですが、馬やウサギや猫だけでなく、サイやトラやチーターやジャガーやシカもいて興味深かったです。





自己紹介の後、手をつないで「いただきます」の呪文を唱え、みんなでしゃべりながら午前のおやつ。






先生が子供たちの名前を呼んでは、「あ〜、●●ちゃんの好きな動物の名前を忘れちゃった。覚えてる?」と言って聞きます。ちゃんと覚えている子供が何人もいたので驚きました。





私はすっかり忘れてしまっていたからです、、、、。






午前のおやつを食べ終わった後、お客様からのお土産を配りました。子供たちはみんな折り紙のキョウリュウとシールに大喜びです。





遊具を使ってみんな自由遊びを始めました。





私たちがその様子を観察していると、男の先生から「子供たちに折り紙を作ってくれないか?」と言われました。





私は恥ずかしながら折り紙が得意ではないので、お客様に手伝ってもらいました。




折り紙の飛行機に喜ぶ子供たちが、なんとも微笑ましかったです。





代行の園児ママがなんと折り紙が好きらしく、彼女の折り紙作品は絶品でした。






男の先生が、ブナの木の実を私たちに見せてくれました。




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食べてみるとヘーゼルナッツの味がしました。




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そういえば以前、男の先生が、どの木の実や葉っぱが食べられるかを講習で勉強したとおっしゃっていたのを思い出しました。






子供たちが滑り台やシーソーやブランコや砂場で遊んでいるのを見つめていると、それぞれに自分たちの世界を築きながら遊んでいることに気がつきました。





3歳の女の子二人は本当に二人の世界で楽しそうに砂遊びをしています。





男の子たちが滑り台で遊んでいます。下から行く子や上から滑る子もいて、団子状態になったりして、歓声が上がっています。





滑り台にぶつかって唇を少し切ってしまった女の子がいました。泣いたので、先生が絵本を読み聞かせてなだめています。






一人の男の子が滑り台からバケツに入った砂を女の子の頭にかけてしまい、泣いたので、先生が絵本を読み聞かせてなだめることに。一度に二人の女の子をなだめることになり、先生ガンバレ〜って思いました。







この男の子、実は滑り台に一人で滑っていたときに、「立ったまま滑ることができるよ」と言われたので、「それは怖いから止めてね」と返したところ、「なんで? 立ったまま滑ったときにうまくいったから大丈夫だよ」と言われたのですが、「でも私は先生じゃないから普通に滑って欲しいんだけど、、、」とお願いしました。





更に押し問答が続き、「だったら先生になればいいじゃないか」と言われ、「先生になる気はない。普通のお母さんのままでいい」と答えたら、「なりたくないんだったら、無理してならなくていい」と言われ、そのまま彼は少しおちゃらけた後、滑り台を去りました。





森の幼稚園の視察を初めた頃は、自分の周りにいる園児の様子を観察しながらも、何かあったときは責任を取らなければならないと思い、おどおどしながら何も起こりませんようにと何も言えずにいたのですが、以前ウンターメンチング森の幼稚園の先生から、「毅然とした態度で子供に接しないと、子供はどんどんエスカレートしますよ」という助言を受け、それ以来、視察先の園児であっても毅然とした態度で接することができるようになりました。






その後、この男の子が、葉っぱのスープを作るために小川から水をくむのに誰か手伝って欲しいということになり、男の先生が「みどりに言ったらやってくれるんじゃないか」と言ったのですが、どうも私が先生じゃないということがひっかかっているその子は、私を拒否し、他の子供を連れて小川に行きました。






このまま私は拒否されたままになるんだろうかと少し気にやんでいたのですが、水を汲みに行く彼らの後をついっていって、その後、「重たいよ〜」と言うので、「持つのを手伝おうか?」と尋ねたところ、「うん♡」と答えてもらい、ほっとしたのは言うまでもありません。






子供とのコミュニケーションって面白いです、、、、。





今日は女の先生のお誕生日でしたので、男の先生がウクレレを弾いて、みんなで「ハッピーバースデー」の歌を歌って録音しました。





お昼ご飯の時間になりました。本来でしたら、バウバーゲンに戻ってランチなのですが、2歳クラスの慣らし保育期間中の子供のお父さんがいるので、そこに幼稚園のお姉ちゃんを連れて行くのは良くないということになり、そのまま公園の側で昼食を取ることになりました。





自己紹介のときに、自分で名前を言えなかった女の子二人組が、「自分たちはデザートだけでいい」と大きな声で言ったことに驚きました。こうやって自己主張を学んでいくのかなと、、、、。






今日は雑穀と人参とビオ豆腐とウィンナーのスープです。代行の園児ママが作ってくださった優しい味です。





デザートは「フライドポテト」




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実はこれ、フレンチトーストを細く切ったもので、ケチャップではなくてイチゴソースをかけて食べました。





彼女のウィットが効いたメニュに乾杯です!





ランチの後、男の先生が「Indische Springkraut」という、種をつけた実がパチンと弾ける草を見せてくれました。




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和名は、「オニツリフネソウ (鬼吊船草)」。 学名は Impatiens glandulif




種が黒だと食べれらるそうです。実際食べて見たのですが、味のないゴマという感じでした。




先生が「サッカーをしないか?」と声をかけてきたので、3対3でサッカーをすることに。





お客さまと私の3人 VS 男の子3人 です。





なんと、この男の子チームにサッカーチームで練習している男の子が一人混じっていて、すっごく上手なので、大変驚きました。





私は少し走っただけで息が上がったのですが、でもすっごく楽しかったです。






今思うと椎間板を損傷している私は気をつけないといけないスポーツだったのかもしれません、、、、。どこも痛くないことに感謝です、、、、。





お客様が子供のリュックサックを見つけました。拾って渡そうとしたところ、先生が「そのリュックサックの持ち主は自分で取りに行ける年齢の子供だからそのままにしておいてください」と言われました。





年齢に応じた保育をされているっていうことですよね、、、。素晴らしいです。





また、お客様に、折り紙やサッカーなど参加できる機会を与えてくださり、イザールアウエン幼稚園に感謝です。
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# by midorimartin | 2014-10-01 05:04 | ドイツの森の幼稚園

【視察1日目】ウンターメンチング森の幼稚園☆

本日、50代の小児科医のお客様と20代のお嬢様と一緒にウンターメンチング森の幼稚園を見学しました。



2010年3月より懇意にさせて頂いている森の幼稚園でもあり、4年半の歳月の重みをひしひしと感じる視察になりました。




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霧が出て少しひんやりしています。でも、懐かしいウンターメンチング森の幼稚園のバウバーゲンが見えてきました。



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園長先生が既にいらっしゃっていたので、まずはご挨拶。その後、バウバーゲンの中に入って説明したり、園庭を見て回りました。




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私の好きな季節のテーブルがありました。




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9時になり、鐘を鳴らす担当の子どもが朝の会の開始を合図し、幼稚園のグループが座る場所にて朝の会が始まりました。



まずは、「Wetterstation(お天気ステーション)」役の子供からの気象情報から。




金曜日にお当番だった子供たち2名が、今日担当の子供たちを指名し、席替えをしました。




先生が「二人で話し合って、誰がどの担当(風向き、天気、気温)を伝えるのか話し合ってね」と促したのですが、一人目の子供が「風なし、霧」と言ってしまい、先生から「全部言ってはだめじゃないの〜」と言われてしまいました。





二人目の子供も同じことを言うことなり、その後、二人で地面に突き刺さっていた大きな気温の目盛りを確認しました。




実際には、12度だったのですが10度と発表し、この幼稚園では11度以上が赤、10度以下が青なので、青色の表示に変更。




その後、日めくりカレンダーを使って、今日の日付をみんなで確認。金曜日を日めくり、土曜日を日めくり、日曜日になったとき、先生が「なぜ赤色なのかわかりますか?」とみんなに質問。




一人の子供が「日曜日だから」と返事し花丸。日めくったカレンダーを子供たちは持って帰るのが楽しみなんです。




そして、今日行く場所をみんなで決めることになりました。今週は金曜日が祝日で四日間になるため、せすべてのカードから四枚を引き抜くことに。




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このカードは全部、子供たちが描いた絵からできていて、場所の名前も子供たち全員がわかっているので、みんなのルールとして成り立つのだと思います。




今日行く場所は、「Baumhoehle」。和訳すると「木の穴」。




母音がいくつあるのかをみんなで手を叩いて確認します。全部で3回です。ドイツの小学校では、一年生からこの母音をドイツ語で習いますので、幼稚園でも小学校前準備としてやっているのです。




この後、出席している子供たちの数を数えます。12名でした。




みんなで何名いるのかを先生が尋ねます。一人の子供が17名と答えました。





12から17まで、指を広げながら数えていきます。5名欠席しているのがわかります。




誰がお休みしているのかをみんなに聞きます。興味深かったのは、1名はなぜ欠席したのかわからず、2名は病休、1名は用事があり、1名は家族の日なのでみんなでハイキングに行ったとのこと。





朝の会が行われている間、一人の男の子が発言してはいけない場面で何度も発言して、先生から4〜5回ほど注意され、「次にまた発言したら朝の会の輪から出てもらいます」と最終勧告をしたにも関わらず、また発言してしまい、朝の会の輪から出されてしまいました。つまり、日本流に言えば、「廊下に立ってなさい」です。








朝の会が始まる前に、遊びに入りたい3歳の女の子と、遊びに入れたくない5歳の男の子二人の間で、ちょっとしたディスカッションがあり、最終的には女の子が押されて倒されてしまったとのこと。そのときにすごく泣く羽目になり、先生がなぜそのようになったのか説明を聞く時間が設けられました。




一人の男の子が「僕は見てただけなんだけど、、、」と話始めたとき、先生がすぐに「見てただけの人は何も発言しないで。当事者に聞いてるからね」と辛口のお返事。




当事者の男の子から「遊びに入れたくないと言ったのに聞かなかったから押した」という意見が出ました。




先生は女の子に「いやだと言われたんだからあきらめないといけないんだよ。あきらめずに行ったら結局痛い思いをしたよね。わかった?」と説明します。




男の子達には「いやと言ってそれでも遊ぼと来たときはどう対処すればいいと思う?」と尋ねました。彼らは「もう一回いやだと言う」と答え、先生がまた「それでもだめだったらどうすればいいと思う?」と尋ねます。
男の子達は「だったら、最後は先生のところに行く」と言いました。先生は「そうよ。自分たちだけでどうしようもなくなったら、押すのではなくて、先生のところに言いに来てね」と説明しました。




この説明の間、子供たちはじっと座って先生の言うことを聞いてました。






きっと3歳の女の子も5歳の男の子たちも同じことをまたすると思います。




でも、根気よく同じことを園児に言うことが大切なんです。それが実証された場面だったなあって思いました。




ボラーバーゲン(荷物を運ぶ小さなリヤカー)の先頭に立つ子供2名が選出されます。先生が一人の子供を指名して、その子が一緒に行きたい子を選びます。




朝の会を終了する前に、子供たちに日本からのお土産がお客様より配られました。折り紙のシュリケンとシールです。みんな大喜びでした。





朝の会が終了しました。先生が名前を呼んで、その子供たちだけが静かにリュックサックを取りに行きます。




森に行く準備ができました。生活道路に走る車に気をつけながら一列に並んで進みます。





森の入り口にきました。子供たちはバラバラになり、今日の冒険の始まりです。




待ちポイントが決まっていて、その場所でまたみんな集まり、森の中を進んでいきます。







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朝露に濡れているクモの巣を発見。私はこんな自然のアートに魅了されます。




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今日の目的地「木の穴」に到着しました。四年前にこの場所に来たことを思い出しました。感慨深いです、、、。




まずは自由遊びです。倒れた大きな木の上を子供たちが寝そべったり登ったりしています。先生は尖ってる箇所はあらかじめ切り落としたとのこと。




大きな穴が開いてる木の場所に、先生はロープを張りました。ロープを縄跳び風にして遊ぶ子供たち。





また別の場所では、細い木の枝をスコップで穴を掘った場所に突き刺し、上の部分は横たわった木に立てかけ、滑り台のようにしようとして頑張る子供たち。結果的には木の枝が細すぎることに、リーダーの男の子が気づき断念。




ブロートツアイト(2回目の朝ご飯)の時間になり、みんなで午前のおやつ。私たち大人には、腰掛ける三角イスを提供されたので快適でした。





スズメバチがよりつかないという噂のレモンの香りのするローソク。




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お客様がおっしゃっていた「なぜ森のようちえんが好きなのか」というお話がとってもステキでした。




「自然の中にいると、人間がちっぽけなことがよくわかる。そして、自分はちっぽけであることがよくわかることが、自然との共存につながり、しいては人との共存につながる。この自分がちっぽけである感覚を幼稚園時代に味わうことができるのは人間成長において本当に大切なこと」





私もまったく同感で、私が森の幼稚園に来ることが好きなのは、きっと、自分がちっぽけであることがわかること、まだまだだなあと思えること、もっと頑張ろうと前向きになれること、、、、そんな心の動きを感じることができるからなんだと改めて思った次第です。




そして、そんな心の通う対話をお客様とできたことに大感謝でした!!




午前のおやつが終了し、再び自由遊びの時間。




先生が「新入園児が多いので、今はみんなでごっこ遊びをすることが多いんですよ。30分の間に15ほどのごっこ遊びが行われるので、役柄がどんどんチェンジするので、私も誰がいったいどの役をやっているのかついていくのが大変なの」と笑顔でお話されてました。





この「ごっこ遊び」は幼稚園時代にはとっても大切なことなのではないかと思います。つまり、みんなんでどんなロールプレイングをするのか、そして誰が何の役をするのか、ディスカッションして取り決めしないとできない遊びだからなのです。





今年のクラスは、12名男の子がいて、5名女の子とのこと。でも、比較的おとなしい男の子が多いので、先生には良かったかなあ〜と思った次第です。



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園舎に戻る時間になりました。先生がインディアンの叫びをしてみんなを集めます。リュックサックを背負い、リヤカーを運びます。





子供たちとの楽しくゆっくりまったりとした森時間でした♫





園舎に到着し、また自由遊び。お昼ご飯前になり、子供たちは絵本の絵を見て静かに待ちます。




今日のメニュはジャガイモスープとフランスパン。




食事後、それぞれのテーブルやイスをきれいにして子供たちが片付けます。なかなか手慣れたものです。





14時に幼稚園は閉園するので、13時45分にみんな集まり、終わりの会が行われました。




みんなで「井戸から助ける」ゲームをしました。真ん中に座った子供が言います。




「助けて、助けて、井戸に落ちたよ」




みんなが「その井戸はどれだけ深いの?」と尋ね、



子供が例えば「1000メートル」と答え、



みんなが「どうやって助ければいいの?」と尋ねます。




子供が例えば「その場でジャンプする」とか、「乗馬する」とか答えます。




そして、みんなその行動をし、子供が手を挙げるとストップして、井戸から助けて欲しい子供を指名し、その子供が次に真ん中に座るというもの。




なんと、お客様のお嬢様は子供たちから大人気で、男の子から指名を受けました。




真ん中に座って、日本語で言うことに。みんなも日本語で返事。私はみんなの台詞を「ふかい」とか「だれが」などわかりやすい単語に置き換えて復唱してもらいました。





突発的でしたが、お客様にも実際にゲームに参加してもらえたのでよかったです。





終わりの会が終了しました。二人の園児を迎えに来れないお母さんがいたので、近くに住んでる先生が送ることに。お母さん同士で、いつ誰が迎えに行くのかを順番交代にしていたようで、当番のお母さんが勘違いして忘れてしまったとのこと。そんなこともあるんですね〜。





お客様からの質問として、先生がなぜ森の幼稚園を選ばれたのかということになりました。




園長先生は答えます。「私は公立幼稚園やモンテッソーリ幼稚園にもいたので、先生歴は25年です。この幼稚園はオープン当初からいるので9年目。その当時、子供が小さかったので、半日仕事を探していて、この森の幼稚園が先生募集をしているのを見て応募しました」





もう一人の先生は、「まさか森の幼稚園でこんなに長く働くことになるなんで思いませんでした。私は元々障害を持つ子供の担当先生(Heilpädagogin)の資格を持っているからなのです。でも、子供が小さかったので、半日仕事(週30時間)の仕事を探していたので、この森の幼稚園の先生募集に応募しました。オープン当初からいます」







このベテランの二人の先生がいるから、この森の幼稚園は素晴らしいんだなあ〜って思いました。







「みどり、来年、この森の幼稚園は10周年を迎えるのよ。5月に10周年パーティーをするから招待してもいい?」と声をかけられ、感激したのは言うまでもありません。






「日本人の視察の方は他に来られますか?」と尋ねたところ、「ううん、みどりのところだけ」というお返事をもらい、これ以上の褒め言葉があるだろうかと思いました。





来年の5月の10周年記念パーティーが今からとっても楽しみです♫
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# by midorimartin | 2014-09-30 04:13 | ドイツの森の幼稚園

森にはたくさんの根っこがある、だから人は森に行きたくなる★

今日の午前中、近くの森を45分ほどかけて、ウォーキング。




美しい秋を堪能しました。




そして、昨日からブレーンウォーミングをしていたテーマ「自分探し」。





もしかしたら、人が森に行きたくなるのは、森の中には一つとして同じ木がないからなのかもしれません。




人間と同じように、個々の木には違いがあり、そして、各々の木にはそれぞれに合った根っこがある。






この根っこがとっても大切なんです!!





「自分探し」とは「心の根っこ探し」。





自分の根っこが何なのかを発見できる場所が「森」なのかもしれません。




そして、しっかり根っこを張っている木を見ると勇気がわいてくるんだと思います。




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# by midorimartin | 2014-09-28 21:10 | ドイツの森の幼稚園

森の幼稚園視察プランでお客様の自分探しに寄り添う醍醐味★

来週、月曜日から水曜日まで、半年ぶりに、森の幼稚園視察プランを遂行します。




明日は早速、お客様とディナーです。





今回は初の親子のお客様なので、今からとっても楽しみです☆





2010年11月に開始した森の幼稚園視察プラン。





お客様からのリクエストを受けて、シュタイナー学校、モンテッソーリ幼稚園、シュタイナー幼稚園の見学も可能になりました。





今まで20代から60代まで、16組の視察のお客様のプランをアレンジし、同行させて頂いて感じたことは、年代およびバックグラウンド関係なく、皆様それぞれがなんらかの「自分探し」をされていたということ。





20代の学生さんは、これから就職するにあたって、「自分は何ができるのか」という悩み。




30代や40代の現役バリバリの人たちは、「今の仕事は天職なのか」、「今の仕事で満足を得るにはどうすればいいのか」という悩み。




50代や60代の人たちは、これから新しいことを始めるために、「何が必要なのか」という悩み。





それぞれの方たちには、各々のポジションやバックグラウンドがあって、まったく違うように見えているのですが、本質は一つなんだと気がつきました。





それは、「自分探しの旅」。




そして、私の醍醐味は、そんな彼らの「自分探しの旅」に同行して、生で変わっていくお客様の心に寄り添えること。





本当にライブ感満載なので、心が震えるほど感動できます。





そして、半年に一回であっても、こんな感動いっぱいのお仕事が続けられるのは、今の職場の社長の理解があってこそなのです。




本当にありがたいです。来年に向けても既にご予約を頂き、今後も半年に一回、森の幼稚園の視察プランを続けていく所存です。
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# by midorimartin | 2014-09-27 20:36 | 仕事あれこれ

子安美智子さんの講演「ミヒャエル・エンデと日本」に参加して★

7月25日(金)20時、ミュンヘンのアントロポゾフィー協会にて、日本でシュタイナー教育を有名にした子安美智子さんの講演「ミヒャエル・エンデと日本」に参加しました。




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私は、21年前、ミュンヘンに来るときに、何かドイツのことが書かれた本がないかと思って、「ミュンヘンの小学生」という本を読んだことがあったのですが、正直そのときはあまりピンと来ていませんでした。



2010年にシュタイナー学校やシュタイナー幼稚園の視察プランを手がけるようになってから、シュタイナー教育の勉強を始め、今回アントロポゾフィーの勉強をさせて頂く機会が持てて、とっても感激しています!



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以下、私のメモからです、、、。


● 子安さんは48年前からミュンヘンとつながりを持たれている。

● Leopoldstrasseのシュタイナー学校にお嬢さんは通われていた。

● ミヒャエル・エンデ氏とは友達だった。

● 子安さんが発表された本で、日本ではシュタイナー教育のブームが起きた。

● 「ミュンヘンの小学生」は教育本ではなかった。一人の母親としての本だった。

● 子安さんは、シュタイナー教育を知るために、アントロポゾフィーの勉強を始められた。

● エンデ氏はシュタイナー学校を中退されている。

● 子安さんは、「モモ」を日本のお母さんや子どもたちと読まれている。 →多くの日本のお母さんの言葉として、 「私の主人も灰色の男だ」というのがある。

● 子安さんいわく、彼女の心の中にも、灰色の男たちがいる。時計を気にして生活されているから、、、。

● 子安さんは「モモ」を読み進めていくうちに、「モモは私の心の中にいる」と思うようになっていく。

● 「大宇宙」と「小宇宙」があり、「モモは必要な存在」、つまり「自分は必要な存在」と思うようになっていく。

● 本当に「他人の声を聴く」ことができる人たちは少ない。

● 精神世界は動いている。 → アントロポゾフィーの考え方は、日本人の心に響きやすい。

● ミヒャエル・エンデ氏にとって、精神的な父親像はシュタイナー。 → エンデ氏はアントロポゾフィーに継投していく。

● ミヒャエル・エンデ氏の2番目の奥さんは日本人。

● 日本にはミヒャエル・エンデ氏のミュージアムが存在する。



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1時間半のドイツ語の講演でしたので、すべてを理解できたのかどうか否かではないのですが、アントロポゾフィーの印象は、日本の禅思想に近い感じです。



だから、ミヒャエル・エンデ氏の作品や、シュタイナー教育は、日本ではより受け入れられやすいのかなあ〜と思った次第です。




「知覚」は「観察と思考」から成り立ち、「直感」で「思考」を低次から高次なものに鍛えていくことで、自分の心の中に「小宇宙」を持つことができる。そして、シュタイナー教育が目指す、「真の自由を獲得した人間」が生まれるのではないだろうか。




私にとって、「小宇宙」とは、光速のインスピレーションの世界感のイメージなので、物事を観察しながら、思考をトレーニングすることで、「知覚」がとぎすまされていくのではないかと想像できます。




アントロポゾフィーの概念の話なんですが、なじみ深い「森のようちえん」の「心のねっこ教育」にもつながっていると強烈に思えます。




ある教育者がおっしゃったとおり、幼児教育の入り口は違っても、目指す出口(ゴール)は同じなんだなあ、、、って、改めて納得できました!
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# by midorimartin | 2014-07-28 05:32 | シュタイナー教育

ドイツの本「Lasst Kinder wieder Kinder sein!」★

4月21日に、「Lasst Kinder wieder Kinder sein!」を完読しました。




副題は、「Oder: Die Rückkehr zur Intuition」。




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和訳すると、「子どもが子どもらしく振るまえるようにしよう! 親は直感的になろう」






私が好きなベストセラーの著者でもある、心理療法士のMichael Winterhoff氏の本です。




彼の最新本「SOS Kinderseele」を完読したときの記事の抜粋です。(http://miamama.exblog.jp/21197842/ 参照)




そして、上述したドイツ語の本の著者たち(小児科医や心理療法士)は、本来であれば、「自発性・自主性」を身につけさせなければならない幼稚園児を「小さな大人」扱いして、「自律性・自決性」を身につけさせようとしていることがそもそも過ちであり(つまり、発達過程の順番が間違っている)、そのような保育を受けた子供たちが精神や社会的な発達家庭で問題が生じ、そのまま青少年になり、罪の意識を感じずに窃盗したり暴力を振るったりしてしまうというものです。



「自律性・自決性(Selbstbestimmung)」と「自発性・自主性(Selbständigkeit)」はまったく違うということをこの本では言っているのですが、そのことを理解していない保育者や教育者が多いそうです。


私も今までは、「自律性・自決性(Selbstbestimmung)」と「自発性・自主性(Selbständigkeit)」は同じだと思っていたので、非常に驚き、感心して、納得しています。




このとき、「自律性・自決性(Selbstbestimmung)」という言葉に対して、反感をもっていたのですが、4月5日に参加した一日セミナー「自然教育とはなんぞや」で新しい発見をしました。
(http://miamama.exblog.jp/21740046/ 参照)





⑴ 子供が自立するための発達段階として、「自発性・自主性(Selbständigkeit)」、「自律性・自決性(Selbstbestimmung)」がありますが、自然教育学では、どちらを子供に要求しているのでしょうか?


「Selbstbestimmung」という言葉にこだわってはいけません。自然幼稚園では、自分で決めることが第一歩で、大人である先生がその子どもの決定に寄り添いながら導きます。



私は先生からのその言葉を聞いたとき、「なるほどなあ〜」って思いました。子どもに自分で決めさせて、そのまま放置しておくことが一番問題であるわけなのです。




Michael Winterhoff氏の「SOS Kinderseele」を読んでから、「Selbstbestimmung」という言葉に拒否反応があったのですが、言葉をそのまま受け止めるのではなくて、言葉と言葉の行間を読み込まなければならないということなんだと思いました。





ということで、Michael Winterhoff氏の本に対しても、崇拝ではなくて、一意見として読み進めた感があります。




内容的にも、「SOS Kinderseele」と似通っていて、特に以下のテーマが強く押し出されていました。



● 増加する共存型親子の弊害 (Kinder werden heute in grosser Zahl im Rahmen einer Symbiose gross.)



言い換えれば、「友達親子の弊害」。友達みたいに育てられた子どもは、精神的に大人になりきれないらしい。自分と対等の者として子供を扱い、友達のような関係を築くいわゆる「友達親子」。そのような子供たちはみな、過保護に育てられ、守られ、本質的に心理面で幼児化している。




● 増加するパニック社会の弊害 (Katastrophengesellschaft)



失業等の不安要因が増えたことに伴い、パニックになる親が増えている。親がパニックになっていると、子供もパニックになる。具体的には、親の不安な気持ち(ストレス)が、子供の心を不安にさせているというもの(ストレスを与えているというもの)。





これらの2つの弊害を回避するにはどうしたらよいのか?




それは、親子の良好な関係が築けていることが第一前提。良好な関係が築けていれば、子供への教育ができるというもの。




ただ、それには、親が親である振る舞いができてこそ(心理面を含めて)、子供も子供らしく振る舞えるのです。




そして、メンタル面で静寂さを保てる親は、直感的に行動できるので、子どもの心により寄り添いやすくなるのだとか。




直感的に行動するということは、自分自身をまた見つけるということでもあり、正しい道にまた戻れるということでもあるそうです。




アルバート・アインシュタインも、「直感的な心は神聖な天賦の才能」、という名言を残されています。




また、子どもに与える選択肢も、7個以上はストレスになるだけなので、理想は3個までにしましょう。




この本を読んで、私が学んだ事は、「直感力の大切さ」と「選択肢は3つまで」です。




私が読みたい教育本は、あと一冊です。シュタイナー学校の卒業生のデータを元に書かれたレポート「シュタイナー教育への批判」のみ。



私の中で、幼児教育に対する見解がまとまったので、あとは、今後の幼稚園の視察事業で、実践から学んで行きたいと思います。
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# by midorimartin | 2014-05-05 02:41 | ドイツの本

セミナー「自然教育とはなんぞや」★

4月5日(土)、懇意にしているイザールアウエン自然幼稚園の2歳児クラスの担任だった先生が、今までの経験を生かして人々に自然幼稚園の良さをお伝えしたいということで、「自然教育学とはなんぞや」というセミナーを開催されました。




私は、森の幼稚園に行くときのいつもの格好をして、リュックサックとお弁当と飲み物を持参して、意気揚々と出かけました。





10時過ぎに、集合場所のイザールアウエン自然幼稚園に到着。この日のメンバーはすべて先生の知り合いで、合計6名。参加者の内訳ですが、イザールアウエン自然幼稚園の実習生2名、幼稚園の先生1名、教育学とはまったく無縁の女性1名、そして私。





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3月にイザールアウエン自然幼稚園に行ったときに、先生が「ナメクジ退治のために、高い囲いをしなければならないんだよ」と言って、木の板で囲ってあったものが、プラスチックの囲いに変わってました。






小川を渡って、丸太が円状に置かれているところで、朝の会が始まりました。




先生がまず、「自然教育」の定義を述べられました。



● 自分で見つけた、自分のリズムに従って動ける


● 大きな空間で動ける



この2つにより、エネルギーを発散させることができるので、子供は大満足する



● 自由な空間なので、自分で決めることを自然に学べる(Selbstbestimmung)



● 直接的に生きることができる



● ハウス型の幼稚園だと、閉ざされた空間なので、子供ひとりひとりが距離を置いて遊ばないといけないけど、自然幼稚園であれば、グループを組んで、自分はグループの一員であることを感じることができる。それが、社会的能力、つまり、コミュニケーション能力を発達させる




● 自然幼稚園では、自然との一体感が味わえるので、自然に対して尊敬の気持ちを持つことができる






それぞれが自己紹介をして、ワークショップにどんな期待を持っているのかをコメントしていきます。




私はあらかじめ用意していた以下の2つの質問もしてみました。




⑴ 子供が自立するための発達段階として、「自発性・自主性(Selbständigkeit)」、「自律性・自決性(Selbstbestimmung)」がありますが、自然教育学では、どちらを子供に要求しているのでしょうか?



⑵ 子供の成長で大切な4つのエレメントとして、「直接的なもの」、「自由」、「抵抗力」、「一体感」というものがありますが、3つめの「抵抗力」がいまいちよくわかりません。厳密にはどういう意味になりますか?




先生は、「今日のセミナーの中で、答えを導きましょう」と言ってくださったので、信頼できるスタートとなりました。




自己紹介をする前に、手を使って遊びました。相手の目を見ながら、両手をパンと叩きます、そのパンをどんどん続けていくというもの。最初は隣り同士なのですが、自由に相手を選んだり、相手にまた返したり、スピードを早くしたりして、反射神経を使うゲームでした。



ウォーミングアップをした後、二人一組になり、目隠しをして、森の中を少し歩きました。目隠しをしていない人が、目隠しをしている人の手を持って、誘導するゲームです。




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目隠しをしていない人は、目隠しをしている人に、「まっすぐに進みます」とか「右に曲がります」などを言ったり、「今、根っこの上を歩いています」や「木の葉っぱを触ってみましょう」などと言って、葉っぱや幹や枝を触ったりします。




目隠しされているので、何も見えません。耳が敏感になり、鳥のさえずりがよく聞こえます。また、手から伝わるものにも敏感になっています。 本当に五感をフル回転させて知覚している状態です。




私はこのゲームにより、「直接的なもの」と「自由」と「永続的なもの」と「一体感」を見事に感じることができました。そして、森の幼稚園の子供たちは、きっとこんな体験を毎日しているんだろうなあ〜って想像できました。



大人は目に見えるものが邪魔して、なかなか知覚ができません。だからこそ、目隠しをして、誘導してもらうことにより、知覚が目覚めるのではないかと思いました。「大人の知覚発達ゲーム」と言えると思います。本当に素晴らしいです。


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その後、集合して、木の葉っぱ探しゲームをしました。先生が木の葉っぱの写真を何枚か持ってきていて、私たちは写真を一枚選び、葉っぱと幹の形を片取るための薄い紙とクレヨンを持参して、葉っぱを見つけにいきます。



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私は「イチョウ」を選びました。まだ春なので、若い木しかありませんでしたが、すぐに見つけることができました。とっても嬉しかったです。



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また集合して、葉っぱや樹皮の違いを勉強しました(Eiche(ナラ)、 Birke(シラカバ)、Buche(ブナ)、 Ahorn(イチョウ)、 ...)。




紙を2枚クリップでくっつけると、オブジェにもなります。



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次に先生は、「自分のお気に入りの場所を見つけて、その場所で5分間ほど目を閉じて瞑想してみてください。どんなことを体感したのか、書き記してみてください」と言われたので、私は小川の側の草むらに腰掛けて瞑想してみました。






朝の会の後に行った目隠しゲームのように、「自由と境界」、そして、「自然との一体感」を感じました。




また、集合して、今度は食べられる植物について学びました。



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● ラムソン(Bärlauch) → ニンニクの香り。葉は生のままサラダで、あるいは茹でたりペーストにしたりして食用に供される。



● イラクサ(Brennessel) → 葉と茎に刺毛がある。ヨーロッパのセイヨウイラクサは料理・薬用ハーブやコンパニオンプランツとして用いられている。




● ブラックベリー(Brombeere) → ジャムやお茶に用いられる。




● ヒナギク(Gänseblümchen) 



● タンポポ(Löwenzahn) → 万能薬。




● シラカバの葉、シラカバの樹皮(Birkenblatt, Birkenrinde) → 唯一食べられる木の葉っぱ。



実際にシラカバの樹皮を食してみたところ、紙を食べてるような食感でした。そして、油分がたくさん含まれているので、焚き火をするときに用いられるとのこと。



いよいよ昼食です。各自、昼食は持参していたのですが、先生がStockbrot(木の枝にまきつけて焼くパン)、手作りのサワークリーム、じゃがいもを用意してくださっていたので、それを食べることにしました。



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まずは焚き火の準備をします。





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焚き火の炎がどんどん大きくなっていきます。



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パン生地を木の枝に巻き付けて、Stockbrotを作りました。とっても美味しかったです。




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生クリームをジャムが入っていたガラスの瓶の中に入れて、ラムソンとヒナギクも入れてよく振って、バターを初めて作りました。これも次の日にパンに塗って食べたところ、とっても美味しかったです♫




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昼食後、先生の作品をお手本にして、自分たちの作品を作りました。木工作業です。私はモビールを作りました。木の枝の皮をナイフで削り、ドリルで穴を開け、ビーズもつけてプラスチックの糸を通します。2時間以上、時間がかかりました。でも、集中して何かをするのはとっても良くて、これも瞑想になりました。




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最後は、ロープの縛り方を学びました。木に巻き付けて、ブランコもロープで作ったりしました。




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終わりの会は、ティッピの中で行って、参加者ひとりひとりが感想を述べました。




私は「本当に多くのことを学べて、とっても楽しくて、ためになって、満足の一日でした!」と先生に伝えました。




さて、先生から頂いた私の質問への回答ですが、、、


⑴ 子供が自立するための発達段階として、「自発性・自主性(Selbständigkeit)」、「自律性・自決性(Selbstbestimmung)」がありますが、自然教育学では、どちらを子供に要求しているのでしょうか?


「Selbstbestimmung」という言葉にこだわってはいけません。自然幼稚園では、自分で決めることが第一歩で、大人である先生がその子どもの決定に寄り添いながら導きます。



私は先生からのその言葉を聞いたとき、「なるほどなあ〜」って思いました。子どもに自分で決めさせて、そのまま放置しておくことが一番問題であるわけなのです。




Michael Winterhoff氏の「SOS Kinderseele」を読んでから、「Selbstbestimmung」という言葉に拒否反応があったのですが、言葉をそのまま受け止めるのではなくて、言葉と言葉の行間を読み込まなければならないということなんだと思いました。



⑵ 子供の成長で大切な4つのエレメントとして、「直接的なもの」、「自由」、「抵抗力」、「一体感」というものがありますが、3つめの「抵抗力」がいまいちよくわかりません。厳密にはどういう意味になりますか?




これは、どうも「抵抗力」という言葉が誤解を招く表現だったようで、先生は、どちらかというと、「永続的なもの」という表現が正しいと教えてくれました。




自然は確かに永続的なものであり、同時に人間は自然に立ち打ちできないので、抵抗できないという意味もあります。




これもまた、言葉をそのまま受け止めていて、行間を読み切れていなかったなあ〜と思いました。




やはり、本を読んで理論だけを勉強していてはだめだということなんだと思います。今回のセミナーで、実践が学べたので、本当によかったです。





勉強をしていく上で、理論だけではだめだし、実践だけではだめだということなんでしょう。




そう思うと、森の幼稚園の世界を実践と理論とで学べる機会が持てて、とても幸せです。
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# by midorimartin | 2014-04-10 06:34 | ドイツの森の幼稚園

ドイツの本「Jedes Kind ist hoch begabt」

2月15日に完読したドイツ本「Jedes Kind ist hoch begabt」をご紹介します。




タイトルを和訳すると、「子どもはだれでも才能を持っている」。




共同著者で、脳研究者のGerald Hüther氏と、青少年と共同作業に従事されているのUli Hauser氏。




Gerald Hüther氏は、「Wie Kinder heute wachsen - Natur als Entwicklungsraum」の著者でもあります。
(http://miamama.exblog.jp/21291211/ 参照)




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コンテンツは以下のとおり。




1) Bevor es losgeht イントロダクション 

2) Mehr als ein Wunder: Welche Begabungen unsere Kinder mit auf die Welt bringen
   奇跡よりもすごいこと  ー 私たちの子供たちがどんな才能を持って生まれてくるのか

- Liebe und Zuneigung
      愛情と愛着

- Offenheit und Entdeckerfreude
      開放性と発見する喜び

- Kreativität und Gestaltungslust
      想像性と創る喜び

- Vertrauen und Zuversicht
      信頼と確信

- Beharrlichkeit und Eigensinn
      根気と個性

- Achtsamkeit und Mitgefühl
      注意力と共感

3) Richtig unterstützen statt falsch fördern: Wie Kinder ihre Talente entwickeln können
   間違った要求ではなくて、正しくサポートしよう。  ー 子供たちが才能を伸ばすために

- Die Entstehung von Begabungen
      才能の発生

- Die Entfaltung von Begabungen
      才能の開花

4) Leider oft verschenkt: Was wir aus den Begabungen unserer Kinder machen
      間違った贈り物 ー 私たちが子供たちの才能をつぶしている

- Wenn die Liebe verraten wird
      愛情を裏切っている

- Wenn die Entdeckungsfreude verdorben wird
      発見する喜びをだめにしている

- Wenn die Gestaltungslust gebremst wird
      創る喜びにブレーキをかけている

- Wenn das Vertrauen missbraucht wird
       信頼を傷つけている

- Wenn der Eigensinn gebrochen wird
       個性を壊している

- Wenn das Mitgefühl unterdrückt wird
      共感を押さえつけている

5) Für ein Leben in Fülle: Was unsere Kinder wirklich brauchen
        人生を満喫させるために ー 子供たちが本当に必要としていること





子供たちは本当にいろんな才能を持って、この世に生まれてきます。そして、そんな素晴らしい才能を、私たち大人の意識や認識が間違っていて、そんな大人が子供と関わることで、子供の才能を結果的につぶしている、、、、。



簡単に言えば、そんな警鐘を鳴らしているのがこの本だと言えます。




第二章の内容に注目してみましょう。



● 愛情と愛着

 科学者の研究発表の一つに、「ドイツ人のお母さんから生まれる赤ちゃんはドイツ語が好き。だから、赤ちゃんは誕生後に、お母さんの言葉にすばやく反応できるのです。それはお腹の中で、お母さんの声を聞いていたからというのがあります。子供とお母さんの最初の関係です。

愛情ある関係を築くには、我慢と根気と時間が必要です。


● 開放性と発見する喜び

気持ちと向き合うための学習と信頼を築くには、子供たちは経験を積まなければなりません。それは、「自分は大切」。この学習がうまくいくには、愛情ある関係が築かれていることが前提条件です。

子どもは感動したとき、特別に学ぶことができます。そして、感動は、子供にとって大切なことが身近にあるときに発生します。子どもたちは、自分にとって意味あることをすることで、感動し、その感動の中から、何かを発見するのです。


● 想像性と創る喜び

子供にとって幸せなことは、他者と何かをしているときに、自分を発見することです。この体験をしてこなかった人は、後で困ることになります。一体感の深いつながりは、子供が本当に大切と思っている人との関係性があることで成り立ちます。

人間の脳は、物事を暗記するためにできているのではなくて、問題を解決するために最適化するだけです。このことから、子どもはいつも新しいことに挑戦しているのです。


● 信頼と確信

子供たちは、小さいときから、たくさんの経験を積まなければなりません。私たちは、子どものときにたくさんの経験を積んだ人に出逢うと、「体験の宝庫」と呼びます。

信頼は、信頼している人から得ることができて、確信は、それまでにうまくいった体験から得ることができます。

信頼は、ごちゃごちゃした頭の中を整理したいときや、開放性や心の静寂を取り戻したいときにこそ、必要な気持ちです。


● 根気と個性

自己効力。自分が誰で、何ができるのか。子供たちはそれを感じます。


● 注意力と共感

仏教では、共感とは、すべての生き物に対する精神性と尊敬と責任。仏教徒は、瞑想の中でこの共感を特訓します。つまり、座禅と注意力のトレーニング時における、心の観察です。

子供たちは、お母さんの気持ちの揺れ動きから、いつ安心できて、いつ安心できないのかを、素早く察知します。だから、子供たちはお母さんが上機嫌のときは、自分たちも安心するのです。お母さんが不安を抱えていたり、忙しすぎたりすると、子供たちは安心できません。つまり、子供たちの感情は、お母さんの心の状態と同期しているのです。

知覚はいつも受けるときに成長します。そのため、多くの子供たちは、見たり、聴いたり、味わったり、臭ったり、触ったりして、大人が感じない何かを感じることができるのです。起きたとき、服を着替えているとき、歯磨きしているとき。子供たちは同時に観察しています。すべてが新しくて、すべてが感動的で、知覚のお祭り。



第三章の内容に注目してみましょう。

子供は生まれたときから、自分の身体に合ったネットワークだけでなく、知覚の印象やお母さんからの影響を受けて身体が反応することで得られるネットワークも、脳の中で成長させることができるのです。だから、子供は一人ひとり違うのです。

人間の子供は、大人になって問題を解決する能力を、体験から習得します。子供たちは、問題があったとき、他者がどのように解決するのかを見て、新しい体験を積みます。そのようにして、他者との信頼やつながりを強くして、新しくて難しい挑戦を克服するための勇気も得ることができます。

手本となる親身になってくれる大人の保護と優秀な手ほどきにより、子供たちは自分の能力を発見して成長させることができるのです。


第四章の内容に注目してみましょう。

私たち大人が子供の才能をつぶしている、、、、。衝撃的な内容です。

大人が抱える外的ストレスが、子供に内的ストレスとして移行しているというもの。

エスカレートすると、「子供たちは好きじゃないことはしない」という結果になる。

大人の不安定さが、子供たちを立ち往生させている、、、。



愛情を得られなかった子供でも、生き残ることができます。でも、愛情をもらったことがない人は、どのように他者に愛情をあげることができるでしょうか。子供から大人を対象として、科学者が愛の体験を研究しました。小さいころに体験したことが、大人になったときの意識や見解や手法を決めるというもの。本当に愛されることを知っている人だけ、愛を他者に与えることができるのです。

すべての要求に答えるために、現代の大人はマルチタスキングができなければなりません。すべてを処理するために、同時に複数のことをしようとしても、素早くできることはありません。残るのは、強制だけ。

私たちの子供は、時計ではありません。時計のように、時間を早めることはできないのです。彼らはゆっくりと成長していきます。



ドイツは、欧州の老人ホームです。ドイツ人の平均年齢は44.2歳。五人に一人が65歳以上。

すべての子供たちが、世界が自分のためにあって、成長できて、発見して、研究して、試す喜びが無限であるという体験をすれば、生まれたときから備わっている発見する喜びを失うことはないでしょう。

子供たちが、何かを知りたいと思って尋ねたときに、誰も関心を示す大人がいなければ、発見する喜びを失っていくのは当然のことと言えます。または、大人がイライラした態度を見せたり、尋ねてもいないことを説明したりしても、同様の結果になるでしょう。


何もすることがないということは、退屈なのではなくて、想像性を高める時間なのです。


関係性の研究者が30年以上、研究した結論は、今日では、大人が子供の要求に配慮するよりも、子供が大人の要求に配慮する傾向があるとか。 

そして、子供を甘やかしすぎてはいけません。

一人ひとりの子供が、個性的で、そのまま愛してもらえる体験を得ることができれば、自分に満足して、成長することにも楽しみを見いだせるでしょう。


十人の労働者のうち七人は職場に不満を抱いています。


たくさんの絵が頭の中にある状態では、共感が不足します。つまり、一日に起きた出来事を消化する作業を怠ると、他者への共感ができなくなるのです。共感することは努力と時間を必要とするからです。

子供たちは、本物の共感マイスターです。


第五章は、エピローグです。


子供たちは遊びながら世界を発見します。難しいことができるようになるまで、試します。失敗と成功を繰り返しながら体験します。そんな風にして、体験を積み、思っていたよりも、できるようになっていくのです。子供たちはそのことを自分で学びます。



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読後、思ったこととしては、他の教育本でも書かれてあったことですが、


● 大人のストレスが、子供にそのまま伝わっているというもの。 
● 子供たちの知覚の発達を、私たち大人が妨げているということ。


をまた強く感じました。


子供たちの才能を開花させようと、私たち親は思っているはずなのに、どこでどうやって違う方向に行ってしまうのか。




個人的な見解になりますが、、、



● 幼児教育が人間の成長で一番大きな部分を示しています。幼児は大人を模倣します。だからこそ、大人は手本であるべきで、そして、どんな外的ストレスがあったとしても、心の静寂を保ち続けなければならないのです。でも、親も人間です。だから、子供と一緒に成長すれば良いのだと思います。大人も失敗するし、子供も失敗する。大人が自分も失敗することを認識し、子供が失敗することを受け入れることができれば、ありのままの子供を愛することができると思います。そして、子供の好奇心をちゃんと受け止めてあげることができるのだと思います。それが、大人が子供との関わりをより良く変えるための第一歩だと言えると思います。



一つひとつが勉強。 そういう思いを持って、私はドイツ語で書かれている幼児教育本を読み続けています。
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# by midorimartin | 2014-03-28 20:31 | ドイツの本

年相応の自立心とは★

子どもが子どもらしくあること。子どもが子どもらしくいられること。





それは、私たち大人の願いであり、大人の役目でもあるのです。




子どもの自立には、発達段階があり、成長する自力と外部からの教育とがうまくかみあったときに、すくすくと子供らしく成長できるのだと思います。




幼児期から小学生低学年(0歳〜8歳)時代は、自発性と自主性の発達が大切です。小学生高学年(9歳〜14歳)からは、自律性の発達が大切になり、ティーンネイジャー(14歳以降)になったときは、自決性の発達が必要になります。この順番を間違えるととんでもないことになるようです。




順番を間違えて、自立心を発達させてしまった子供は、ティーンネイジャーになったときに、社会性とメンタル面の発達が未熟ということで、善悪の区別がつかなくなったり、自制が効かず、自分の気持ちのままに行動してしまうことになってしまう傾向が高くなるからです。




つまり、幼稚園の保育では、自律性を身につけてはいけないという意味になります。





この自律性、モンテッソーリ教育において、子供に求めている気がしてなりません。モンテッソーリ幼稚園は、確かに関係性を築くことが土台になっているので、寄り添い保育をしていると思うのですが、年相応の自立心を発達させているようにはどうしても思えないのです。




障害を持つ子どもはその子のペースがあるので比較対象になりません。健常の子どもがあまり子どもらしくなかったような気がするのです。





それはきっと、たくさんの選択肢を与えているからだと思います。子供の可能性を助けるための、整備された環境として、モンテッソーリ幼稚園の教室にはたくさんの素材がありました。





でも、子供たちが使っている素材はほんのわずかで、多くの素材はオブジェのように飾られているような気がしました。




だから、違和感があったのかもしれません。




子供たちは千差万別です。興味や趣味や心の動きは一人ひとりまったく違います。そのため、めったに使われない素材が、ある一人の子供に使われる可能性があるかもしれません。





でも、それは、1対1のセラピーのときに、必要なものであり、通常の保育に果たして必要なものなのだろうかと、私は少し疑問に思っています。





幼稚園時代に、自発性と自主性を身につけた子どもは、社会性でもメンタル面でも健康な発達を遂げているので、年相応の自立心を持って、小学校に入学することができます。





森の幼稚園(少なくとも、イザールアウエン自然幼稚園)は、この年相応の自立心の発達を助ける保育をしていると私は思っています。シュタイナー幼稚園も、教育理念として、年齢の発達に合わせた保育を実践しているので、年相応の自立心の発達を助けていると思います。





モンテッソーリ幼稚園は、子供たちに過剰な選択肢を与え、小さな大人扱いをして、年相応の自立心の発達をもしかしたら妨げているのではないだろうか。そんな気がして止みません。




いつか、教育の専門家に、私のこのモヤモヤ感を伝えて、スッキリとした答えが欲しいって思っています。





ちなみに、私が懇意にしているモンテッソーリ幼稚園のセラピストさんが、スーパーアドバイザーとして通われている森の幼稚園があり、その森の幼稚園を見学したときに、モンテッソーリ化していることに衝撃を受けました。





選択肢が過剰になっていたからです。でも、まだ、自然の中で子供たちは保育を受ける機会があるので、外にいれば、子どもらしい子どもでいられるはずと私は期待しています。
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# by midorimartin | 2014-03-20 07:27 | モンテッソーリ教育

【視察3日目】シュタイナー幼稚園☆

最終日の視察3日目。シュタイナー幼稚園を見学しました。




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Sバーンで行ったのですが、まずは空港行きの表示がなかったのであせり、また、駅に到着してからバスが既に行ってしまったことがわかってあせり、タクシーに乗ってなんとか幼稚園に向かうことができました。




幼稚園に到着すると、園長先生が入園希望の保護者との懇談に追われていたので、私たちを対応する時間がないということで、別の先生がお世話してくださることになりました。昨日に引き続き、ドキドキの幕開けです。




でも、勝手知ったる幼稚園です。先生からすぐに、「他のお部屋を見て回りますか?」と尋ねられたのですが、朝の会が始まるまでの登園の様子を観察した方が良いと判断して、そのままそのお部屋にいさせてもらうことになりました。




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お客様が、シュタイナー幼稚園の中に入ってすぐに、目に優しいパステルカラーの壁と天窓から差し込む暖かい太陽の光に圧倒され立ちすくまれている姿を見て、私も一緒に感動してしまいました。




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まずは、3歳〜7歳のクラス(25名)のお部屋を見学させてもらいました。保育ルームとキッチンと小部屋があり、小部屋は作業部屋になっています。そこには、サクランボの種がたくさん入っていて、身体をすっぽり納められる籠が置かれていました。手を籠の中に入れてみると、豆ざわりがとても気持ちが良くて、知覚を刺激されます。前回の視察時に、園児がこの籠に入って、気持ち良さそうに遊んでいたのを思い出しました。




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名前が書かれた石やフェルトのボールもあります。




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園児が作った作品のようです。




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私が大好きな季節のテーブルです。





9時頃、朝の会をするために、先生がお片づけの歌を歌います。子供たちは自由遊びに使っていた素材を片付け始めます。





このクラスにはやんちゃな男の子が何人かいて、お片付けを遊びながらやっていたので、先生がときどき名指しで注意していました。




それが微笑ましくて、子どもらしい子どもを見たことになぜだか安心してしまいました。




お片付けが終わった子どもから先生のところに行って丸く並びます。シュタイナー教育の一つで「ライゲン」を行うためです。





ライゲン(Reigen)とは、子どもたちが「輪」になって、歌や言葉に合わせて、体を動かして遊ぶことを指します。楽器は使わず、先生の歌声や体の動きを模倣して、リズムを取るのです。





保育の一日の流れには呼吸の要素があります。自由遊びの時間は息を吐いている状態。みんなが集まって集中する時間は息を吸っている状態。




子どもはライゲンをすることによって、動きに集中するので、落ち着きをもたらし、次のアクションに移動することが可能になるのだと思います。





朝の会が始まる合図は、小さいベルの音です。先生が一人の子供の耳元で、ベルを軽く鳴らします。ベルの音が止んだ後、ローソクに火を灯します。そして、ローソクの光の暖かさがテーマの歌を歌います。




それから、小鳥のさえずりや自然の恵みがテーマの歌を歌って、みんなで手をつないで、歌を歌いながら、トイレに向かいます。トイレの中でも、子供たちがざわざわしてきたら、歌を歌います。今回はいくつもの春の目覚めがテーマの歌でした。





手をつないで、トイレから出てきて、廊下にあるイスに腰掛けます。先生が歌を歌いながら、ラベンダーオイルを1滴、両手につけていきます。




オイルを手に塗るときも歌を歌い、その後、また手をつないで、部屋に戻り、朝食を食べる事になりました。




25名と多いので、2つのグループに分かれて朝食を取ります。今日は薄い穀物パンとバターとジャムとハーブ塩です。




パンを焼く歌を歌って、いただきますをして、静かに食べなければなりません。食べ終わったら、また手をつないで、外遊びをするために移動します。




うるさくしていた男の子は、静かになるまで、手をつなぐことができませんでした。やり直しをさせられたのです。




外遊びの間、私は他の教室をお客様と一緒に見て回り、説明しました。




3歳〜5歳のクラス(12名)を2クラスのお部屋です。




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違う感じの季節のテーブルがありました。




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本当に人形たちが愛らしくて、何か私に語りかけているようです。




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「3月14日までに、イースターのお庭のための平たい鉢を持ってきてください」というお願いの内容なのですが、背景もパステル画になっていて、シュタイナー感いっぱいのお手紙です、、、。




1歳〜3歳クラス(12名)のお部屋も見学させてもらいました。7時半から15時までの保育で、子供たちは毎日先生が調理したものをお昼ご飯として食べます。先生が「出勤したらまずは料理にとりかかります」とおっしゃっていたのが印象的でした。



外での自由遊びを見学します。子供たちはとっても楽しそうです。先生同士も固まって、楽しげに意見交換をされています。




子供も大人も外遊びのとき、思いっきり、息を吐いているような印象を受けました。





11時30分くらいになり、後片付けをして、みんなゆっくりとお部屋に向かいます。




私たちも教室に戻ると、先生がケジラミの検査をしていました。一人ひとりの子供の頭を見て回るのです。




二人の先生が20人近くの子供の頭をチェックしないといけないので大変です。子供たちが少しザワザワしてきたとき、一人の年長の女の子が、春の歌を突然歌い始めました。すると、他のみんなも一緒に歌い始めたのです。




自然に歌のハーモニーが響き、子供たちが落ち着いている姿に、とっても感動しました。これこそ、シュタイナー教育っていう気がしました。




お昼ご飯の前なので、子供たちはまだまだ集中しなければなりません。先生は絵本の読み聞かせを始めました。最初またザワザワしていたのですが、先生の静かで安心感のある声に、子供たちはまた落ち着きを取り戻していきます。



前半はお話を読むだけだったのですが、後半は先生は子供たちにクイズ形式で質問もしていました。




そういえば、この先生は、朝の会のとき、静かに話をした瞬間があり、そのときは園児も静かになりました。今思うと、子供たちは先生を模倣したということになるのでしょうね。






お部屋の見学をしていたときに、森の幼稚園でモンテッソーリ教具として紹介されたものを発見しました。




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8の字の形をしたもので、無限を意味します。先生はおっしゃいます。「シュタイナーとモンテッソーリというアプローチの仕方が違うだけで、教育理論として目指しているものは似ている部分があるのです」




お客様からの質問を先生にぶつけてみました。




「日誌を書いたりしていますか?」




「いいえ、日誌を書くことはありません。なぜなら、シュタイナー教育は、子供の評価をしないからです。子供の様子を観察して、頭の中にメモするだけです。何か記憶に残ることがあった場合、チーム会議でそのことを話し合います」





「子供への対応ですが、言い方ややり方を変える決め手はなんですか?」





「子供も大人と同じで、良い日もあれば、悪い日もあります。今日はちょっといつもと違うなと感じたときは、それを悪い日と思うのではなくて、心のエネルギーが悪い方向に働いていると思わなければなりません。そして、エネルギーをどうやって良い方向に向ければよいのかを考えます。また、子供は、今日はいつもと違うというサインを送っています。そのサインを先生は察知しなければなりません。そして、この察知方法と、エネルギーの転換方法を、私たちはシュタイナー教育の先生として習得しなければならないことなのです」




なるほど〜と、納得してしまいました。




お客様がおっしゃってました。「シュタイナー幼稚園は暖かい光に包まれて、防音効果が高いので、音も静かで、本当に、光と音の素晴らしさに感動しました」





12時になり、私たちのシュタイナー幼稚園の視察は終了しました。




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今回の3日間の視察を終えて、本当にたくさんのことを学ぶことができました。お客様に感謝です!
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# by midorimartin | 2014-03-20 06:42 | シュタイナー教育