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森の幼稚園とは、心のねっこ教育☆

今回、一年ぶりに視察プランにご参加くださったお客様をサポートさせて頂いて、そして、




● 森のようちえん

● モンテッソーリ幼稚園
 
● シュタイナー幼稚園

● 公立の幼稚園



を見学して、これらの4つの園の分類分けが少しできました!!





例えば、、、、


● 公立幼稚園は「誘導保育」。園児数が多いため、「集団生活(協調性)」を養わせるために、誘導せざるを得ない。保育者にとっては、他のカテゴライズの園と比較すると保育がやりやすいのではないか?

● シュタイナー幼稚園は「誘導保育」がやや多め、「見守り保育」やや少なめのミックス。つまり、「呼吸」のように、園児にとっては、「誘導される」と「解放される」の繰り返し。誘導する場面が多いので、「集団生活(協調性)」を養わせることができて、保育者にとって、公立幼稚園と同じ理由で、保育がしやすいのでは?ただし、シュタイナー教育に則らなければならないので、その点については大変かも。

● モンテッソーリ幼稚園は「見守り保育」。これぞモンテッソーリの基本。「個人の自立性(自主性)」を子供に学ばせるため、個々の子供に合わせなければならず、保育は他のカテゴライズと比較するとかなり大変なのではないか??

● 森のようちえんは「見守り保育」がメイン、「誘導保育」少々のミックス。朝の会や終わりの会は「誘導」。森の中で、子供は「解放される」。自然の中では、自分のことは自分で守るしかないと子供は本能的に察知するのではないか。そのため、六根をフル活用して自然に挑むので、自立性が最速で芽生えるはず。保育者にとって、モンテッソーリ幼稚園ほどではないが、保育は少々大変なのでは??


といった感じ。



つまり、大きく分類すると、、、



【見守り保育(自由保育)】 森、モンテッソーリ

【誘導保育(設定保育)】 シュタイナー、公立



今回の視察のお客様のコメントとして、「シュタイナー幼稚園は保育に流れがあると感じた。公立幼稚園はもっと保育の流れがはっきりしていると思った」というご意見があったのですが、私もそのとき、同じように思ってしまったのです。



「森の幼稚園が大好きな私がなぜ??」っと、深く疑問に感じたのですが、、、 恐らく理由はこうだったのだと考えます。




● 誘導保育は、子供たちは集団になることが多い。そして、そのことは、まとまり感を印象づけるので、それを美しいと思ってしまったのではないか。集団生活になじむ日本人にとっては、見慣れた場面だからだろうか。



● 見守り保育は、子供は個々になることが多い。そして、そのことは、バラバラ感を印象づけるので、保育の流れがはっきりしないイメージを持ってしまったのではないだろうか。それは、集団生活になじむ日本人にとっては、見慣れない場面だからだろうか。




そのことを考慮すると、日本では、、、「見守り保育」は受け入れられにくいのではないかという疑問がある。



● 真の意味でのモンテッソーリ教育は日本で可能か?
モンテッソーリ教育は、完全に見守り保育であり、テンポを要する日本の教育では、必然的に誘導保育になってしまうのではないか?
でも、今回のミュンヘンの公立幼稚園のように、誘導保育をしながらも、「森の日」を設けて、自然の中で過ごす時間があって、それが「見守り保育」になるのではあれば、子供にとって「解放」をもたらすことになるので、日本の場合、自然と取り組むモンテッソーリ幼稚園がベストなのではないかと考える。


● 真の意味での森のようちえんは日本で可能か?
2011年に日本出張時に見た大阪の森のようちえんの保育の姿は、森の中で自由に遊ぶ子供たちの姿があった。それはまさに「見守り保育」であり、子供にとって「解放」をもたらす保育だと思う。そのため、真の意味での森のようちえんは日本でも可能なはず。




そう考えると、今回のお客様の「森のようちえん」と「モンテッソーリ幼稚園」の2つの経営は、非常にユニークで、「見守り保育」と「誘導保育」をバランス良くミックスさせることができるのではないかと期待しています。




今回のシュタイナー幼稚園の視察時に園長先生がおっしゃられた言葉。「呼吸をするような保育が幼児教育では大切★」というメッセージが強烈に私の心の中で渦巻いています。





呼吸をする保育とは、すなわち、「見守り保育」と「誘導保育」を繰り返すことだと考えるからです。





つまり、息を吸ってばかりでもいけないし、息を吐いてばかりでもいけない。緊張感と解放感があってこそ、人は伸びるということなのかもしれない。それは、言い換えれば、「心のねっこ」を伸ばすということ。



私が考える「森のようちえん」とは、「心のねっこ教育」のことであり、言い換えれば、「六根の根っこ教育」のことである。すなわち、「五感」と「第六感」の根を張るための幼児教育。




「六根」の根っこを張るためには、「感性教育」が必要である。幼児期から「六根」を発達させ、「五感と第六感の意識の根を伸ばす」ことが、学童期以降の心身の健全な成長につながる。




「六根」とは人間の認識の根幹を指し、「六根の根」とは、五感と第六感の能力を指す。つまり、「視覚」、「聴覚」、「嗅覚」、「味覚」、「触覚」、「知覚」のこと。




「心のねっこ教育(六根の根っこ教育)」の個人的観点から見ると、、、



● 「森のようちえん」は、幼児期の教育としてはベスト!心のねっこをすぐに張ることができて、ねっこが育つスピードも早そう。幼稚園のみなので、ねっこを育つスピードは早くなければならない。自然に身をおくことで、感性が研ぎすまされる、、、。ねっこがどんどん成長するイメージが頭の中にわいてくる。



● 「シュタイナー幼稚園」と「モンテッソーリ幼稚園」は、心のねっこは張れると思うけど、育ちはゆっくりなのではないか。そのため、幼稚園だけではなくて、総合保育が理想的なのだと考える。シュタイナー教育が、幼稚園から高校まであるのはそのためだ。モンテッソーリもドイツでは幼稚園だけではなくて、小学校や中学校まである。


● 「公立幼稚園」は、誘導保育なので、心のねっこを張るための機会が少ないのではないか。そのため、「森の日」を導入したり、家庭で自然に触れる機会を子供に与えることによって、心のねっこを張る土台ができ、ねっこの育ちを幼稚園以外で手助けする必要があるように思う。



今後は視察に行くごとに、これらの4つの園の違いをもっともっと研究していきたいと思っています。



そして、一番知りたいことは、卒園児の動向。森の幼稚園、シュタイナー幼稚園、モンテッソーリ幼稚園、公立幼稚園の卒園児の現在の育ちはどのようなものなのか?




非常に興味があります。大人があれこれどの保育がベストなのかと議論しても、結局、卒園児が学童期に入ったときの育ち具合が一番大切なことなのではないかと考えるからである。




シュタイナーが掲げる「真の自由を手に入れた者こそ幸せな人間」という考えや、モンテッソーリが掲げる「自立性を手に入れた者こそ幸せな人間」という考え、あるいは、森の幼稚園が掲げる「六根の根を張って育てた者こそ幸せな人間」という考えは、言い方が違うだけで中身は一緒のように思う。




つまり、「嵐がきてもびくともしない人格形成」ということになるだろうか。




私の個人的見解になりますが、森のようちえん、モンテッソーリ幼稚園、シュタイナー幼稚園という入り口が違うだけで、ゴールは一つで同じなのです。
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by midorimartin | 2013-10-28 17:36 | ドイツの森の幼稚園